気候変動が海面上昇に与える影響とその対策、今後の研究展望などについて、理工学研究科工学野・横木教授とGLEC田村准教授に研究についてインタビューを行いました。
地球温暖化問題だけに留まらない気候変動問題
―お二人のご専門は、横木先生が海岸環境工学、田村先生が環境経済学とのことですが、どのような経緯で現在の研究に従事されたのでしょうか。
横木)大学の卒業研究で興味を持ったことが始まりで、茨城大学に入ってから海岸工学と環境分野を合わせた気候変動の問題について研究を始めました。「地球温暖化」が問題となった頃から、海岸工学、海岸浸食、または海岸植生・生態系へとテーマを広げていき、最終的には海と陸の相互作用を研究テーマとして扱うようになりました。
田村)学生の時に、1997年の京都でCOP3が開催され、京都議定書が締結され、このテーマを扱う授業を聴いて、関心を持ったことが大きなきっかけです。大学院ではエネルギー工学を学び始めましたが、技術的な評価だけでなく、費用面の評価も欠かせないと思い、博士課程で環境経済学を学び始めました。現在は、気候変動対策にはいくらかかるのかという視点を軸に、研究を進めています。
深刻化する気候変動問題の現状
―21世紀末には1986-2005年と比較して海面水位が26-82cm上昇すると予想されている(IPCC,2014)そうですが、具体的にどのような影響被害があるのでしょうか。日本は堤防で守られているので安全だと考えて良いのでしょうか。
横木)年々、気温は徐々に上がっていて、世界中で大きな災害が起きるリスクは高まってきています。特に中国、タイ、ベトナムなどの東南アジア諸国においては、街中に浸水している地域が今よりも増えるなど、海面上昇や海岸浸食における浸水被害がより一層深刻化すると考えられます。一方で、日本では、海岸沿いには防潮堤が設置されているので、台風や高潮が来て、海面が1m程度上がったとしても浸水のリスクは低いと言えます。そのため、「守られているから、安全である」と一般的には考えられていますが、堤防も老朽化していくので、いつまでも安全だとは言えないでしょう。万が一、大災害が来て街中が浸水するような被害を受けてしまったら、ある程度まで災害被害に順応しながら生きているアジア諸国に比べて、物理的にも社会的にも、被害はとても大きいものになると言えます。
普段実感することのできない気候変動からの影響を目に見える形にして示す
―環境省S-14プロジェクトを始められた経緯や研究目的について教えてください。
横木)気候変動に関連する研究者が集まって、2006年にICAS(現GLEC)という研究機関が発足しました。そこで研究者同士で交流していくうちに、私が海面上昇時の浸水域の影響評価をし、田村先生がその被害額と堤防費用の計算をするという流れでまとまり、研究を始めました。本研究の目的は、世界の沿岸域を対象に、気候変動による浸水域、影響人口、被害額を推計することです。その結果を用いて、国の政策立案者や住民に普段実感できないような気候変動による影響を知ってもらい、最終的にはその国の政策的判断へのより良い材料になればと思い、研究を続けています。
田村)データを見て頂くと、2100年までに東南アジア諸国で大きな浸水域が出る可能性があります。 (※図参照)しかし、実際にこの国々が受ける被害の大きさは浸水面積だけで計れる訳ではありません。例え、浸水面積が小さくても、農業面や生活面への影響も考慮すると大幅な被害額が想定されるケースもあります。逆に、大きな浸水被害を受けたとしても、そのまま見過ごす方が有効だと評価するケースもあります。現在、適応基金などを通じて、どの国にどの程度の対策費用を配分していくのかを国際的に決めなくてはならない時期です。そのために、海面上昇や海岸浸食などの物理的影響だけでなく、農業面や生活面への社会的影響もふまえて、気候変動からどのような影響があり、どの地域がどの程度の浸水リスクを負っているのかについて、世界全体で統一した基準を作る必要があります。その際、国の面積や人口が異なる、どの地域を対象にしても、同じ基準で浸水被害が推計できる程度にまで精度を上げて研究しています。
研究者に求められる役割の変化
―気候変動問題におけるリスクはより深刻化しているのにも関わらず、パリ協定からアメリカが脱退するなど、世界全体で見ると問題解決へ向けて足並みが揃っていないような現状もありますが、研究者としてはどのような対応に迫られているのでしょうか。
横木)本来、気候変動問題は、世界全体で足並みを揃えて対策しなければならないことですが、国の政策立案者からすると「環境を守るのか国の経済成長を守るのか」という問いに答えを出すのは難しいと考えます。そのため、影響被害を具体化し、諸外国や住民により良い将来の社会像を考える選択肢を与えていく必要に迫られています。その意味で、従来よりも政策立案者に近い立場で研究することが求められていると思います。
田村)従来、環境問題に対しては「緩和策」と言う、温暖化を抑制しようとする方法が重要視されてきましたが、最近では「適応策」と言う、気候変動に対処しながら生きる方法の重要性が見直されるようになりました。この流れを受け、今後は、自然科学系の研究者だけでなく、人間科学・社会科学の研究者とも協力し合い、より幅広い視野での選択肢を提示することが必要とされるようになったと感じています。
―今後の研究課題や展望を教えてください。
横木)今後は、洪水が起きると物流にも影響が出ると言ったような浸水被害からの波及効果も考えて総合的に評価していく必要があると思っています。それを最終的に全体で見て、どの位の被害額になるのかを推定していけたらと思っています。
田村)現段階での研究データは、世界中で見た時に、国ごとに比較できるまでには精度を上げています。今後は、国からさらに各地域における適応評価に役立つような、より精度の高いデータを推計していく必要があります。それをもとに、市町村や住民に対して、具体的に気候変動対策として、実践してもらえるような対応策を探ることも課題です。
~学生へ向けて~
―現在、茨城大学で学んでおり、気候変動や環境に興味を持っている学生へ向けてアドバイスをお願いします。
横木)自分の研究テーマを持っている学生は、将来、気候変動や環境と必ず関連してくると思うので、サステイナビリティ教育プログラムを受講し、幅広い視点から、物事を考えるようにしてほしいと思います。自分の専門分野を超えた仲間ができる貴重な経験ができますし、多分野の研究者が集まっているので、自分の研究の種を拾えるきっかけ作りにもなると思います。まずは自分の学部にいる色々な先生の研究室をのぞいてみて下さい。
田村)将来、どのような仕事に就くとしても、気候変動や環境に配慮をしなくていい仕事は存在しないと思います。例えば物作りにおいても、材料選びの工程から環境面への配慮が必要です。そのために、なるべく学生のうちに、感性を磨いておく必要があるでしょう。国内・国際演習など、学生のみならず多数の教員と多くの時間を接する講義や演習プログラムを用意していますので、是非参加してみてください。
(内容は2019年5月時点のものです)