地震災害による建物倒壊などの被害が著しい日本において、その根本となる原因として軟弱な「土」に焦点を当てて研究を続ける安原先生。日本では、「特殊な土」として捉えられ、まだまだマイナーなものであるにも関わらず、そのメカニズムを今後解明することが今後の住民にとっての安心して住める住宅環境へとつながるはずであるとお話されています。


しばらくの間離れていた研究テーマとの再会を宿命のように感じた大地震

―先生が、地盤工学という研究テーマに従事され、2016年に科研費(基盤A)を採択されるまでの経緯を教えてください。

現在のテーマ「変動する外力下での土と地盤の挙動解明」を選んだのは、恩師の影響が大きいです。1960年代の高度経済成長期、戦後のインフラ整備が盛んに行われ、車両による交通荷重が高速道路の安定性に与える影響について研究が進んでいましたが、そのような条件下にある軟弱な地盤をどのように改良したら良いのか、と言う工学的な視点からの研究は、当時はまだマイノリティでした。私の恩師は、まさにそのマイナーな課題を含めた基礎から応用までの研究に従事されており、その成果で土質工学会(今の地盤工学会)第1回目の論文賞を受賞された方でした。元陸軍の士官学校から大学へ戻ったという経歴の恩師でしたので、授業中は非常に厳しかったのですが、その一方で国際的に活躍している姿を見て感銘を受けたのをきっかけに、「火山灰質粘性土軟弱地盤の安定性に交通荷重が与える影響」をテーマに卒論に取り組みました。これがその後、息長く続く「変動する外力下での土と地盤の挙動解明」に関する研究の出発点でした。

実は、1968年卒論執筆後、しばらくこのテーマからは離れていたのですが、1985年のメキシコ地震(正式には,“ミチオカン地震”)発生を機に、再びこのテーマと再会することになりました。被災したメキシコシティでは、スペイン人がメキシコを征服した時、十分な検証を行わずに湖を埋め立てた火山灰の超軟弱な粘性土地盤の上に建てた建物構造物が、地震で倒壊している現場を目の当たりにしました。一般的に大地震による被害と言えば、ゆるい砂地盤が液状化し、インフラ施設や家屋の倒壊につながるというものでしたが、そこでの光景を目の当たりにし、火山灰質粘性土の軟弱地盤自体が家屋に甚大な被害をもたらす要因になり得ることを確信しました。つまり、地震によって地盤が揺れることで、建物が破壊されるという一般的な定説とは違い、建物が大きく揺れることで、軟弱な地盤が破壊され、甚大な被害につながる恐れがあると強く認識したのです。当時の日本では、“火山灰質粘性土の軟弱地盤の地震時挙動”をテーマとした研究は、依然としてマイナーではありましたが、2011年東北地方太平洋沖地震の発生により、徐々に注目が集まり始めていました。そのことに注目して申請した科研費基盤Aが採択されましたが、偶然にもその翌月に、熊本地震が発生したため、この研究テーマを解明することは自分に与えられた使命だと感じました。

人が皆異なるように、土も場所ごとに異なる

“他と違う“という理由で、特別扱いようなことはあってはならない

―東北地方太平洋沖地震(2011年発生)や熊本地震(2016年発生)で得た教訓から、今後どのような対策につなげていけばいいとお考えでしょうか。

熊本地震による甚大な被害の要因は、未だにはっきりと分かっていません。一般的には、軟弱地盤の下にある活断層の影響ではないかと言われていました。しかし、益城町の地盤を調べてみると、もともと一定程度傾斜しており、そこに粘性土の軟弱地盤が堆積していることが誘因となったことで、甚大な被害をもたらしたというのが私たちの見解です。ところが、液状化現象とは異なり、軟弱地盤の変状やその上に建っている住宅に被害をもたらした原因については、見た目だけでは判断がつきにくいため、この見解を、周りの人に理解してもらうことは容易ではありません。学会においてすら、“火山灰質粘性土地盤“と言うだけで、特徴がよく分からない”特殊土“であると捉えられているのです。

しかし、人間が一人一人、皆違うのと同じで、土も場所によって異なるのは、当然のことであり、それを“特殊”だからと言って、共通原理の対象から排除しようとすることはあってはなりません。土である以上、そこには必ず共通原理があるはずであり、そこを追及して初めて、本当の被害要因が見えてくると思うのです。

益城町の住宅基礎のような、火山灰質の軟弱な粘性土地盤は、他にも関東ローム層など、日本中至る所に存在しています。益城町ほど立地条件が悪い訳ではありませんが、首都直下型地震のような大きな地震が起きた際、このような地盤が再び甚大な被害をもたらす可能性は十分あります。1995年に発生した兵庫県南部地震によって得られた「靭性のある粘り強い構造物を作る」という教訓は、残念ながら、2011年の東北地方太平洋沖地震においても,2016年の熊本地震においても、十分に生かすことはできませんでした。今後、想定される被害を、最小限にするためにも、研究者はこれまで十分に言及されてこなかった特徴を持つ地盤のメカニズムを解明する必要があります。逆に言えば、それをきちんと立証できるまでは、研究はやめられないと思っています。

「事後対応から事前対応へ」が今、求められている

ー液状化などの地盤による被害はどのような場所に発生しやすいのでしょうか。内陸部だから安心だと思っている人も多いと思いますが、本当にそうでしょうか。また、家屋を建てる場所を決める際に、私たちが気をつけるべきことはどのようなことでしょうか。

基本的には、海や川、用水路の近くなど水分量が多い土地、また内陸部であっても、昔は海・川・池・沼だった所を埋め立てた場所で、地下水位が高く、砂を多く含んでいる地盤などに液状化は多く見られます。内陸部だからと言って決して安心はできないということになります。

大地震が起きた時に、既存の住宅が甚大な被害に見舞われた場合、結局どこが責任を負うのかというのは、非常に重大な問題です。たとえ、熊本地震のように、軟弱地盤が大きな要因だとしても、最終的に責任を取らざるを得ないのは個人ということになってしまうのです。ですから、そのような事態を二度と招かないためにも、住居を構える際には、行政が提示しているその土地の過去のデータを調べるなど、事前に下調べをした方が良いと言えます。とは言え、個人で判断することは難しいと思うので、その地元に根付いていて、基礎を大事にしている住宅メーカーを選ぶなど、「事後対応から事前対応へ」が今、個人個人に対して求められていると言えます。

―先生が受賞された「地盤工学会関東支部平成30年度技術賞」とは、どのような内容のものでしょうか。

2011年の東北地方太平洋沖地震に伴う地盤の強度や剛性の低下により、県内の河川堤防の一部が、大きな変状を起こしました。近隣に家屋があったため、堤防のこれ以上の変状を防ごうと、国交省は堤防の一部を撤去(6.0 m から4.5 m へ)、地盤を補強するために鋼矢板の打設、堤防の再構築という今までに例のない迅速な対応を行うと供に、建設技術研究所と茨城大学とが共同で提案したモニタリングなどによる対策を行った結果、それまでの堤防や家屋における変状がほとんど見られなくなるまでに事態が改善しました。このことに対し、国交省、建設技術研究所および茨城大学が共同で技術賞を頂きました。これはまさに、個人ではなく、チームワークの成果であり、以後家屋に対する震災対応の成功事例として認知されるようになりました。この成果を成功事例として、今後も是非、他の類似した環境にある地域に適用していければいいと思っています。

―先生の今後の挑戦(次期科研費申請など)について教えてください。
現在取り組んでいる科研費基盤Aの研究は、今年度で終了しますが、取り組むべき課題はまだ残っていることから、来年度に向け、次の科研費申請を果たしたところです。現在、研究仲間の間で合意したテーマは、「従来の粗粒土のDynamics から細粒土に注目した Dynamicsの再構築」です。もしこれが幸いにも採択された時は、未だ立証できていない地震時における軟弱粘性土地盤の不安定性メカニズムの解明、そして住民に対しては、大規模地震に備え、負担になりすぎない程度の費用で、家屋や擁壁を事前に対応することができる具体的な技術の提案ができたらと考えています。

また、住民の方がその土地の地盤状況を調べようとしたときに、行政が提示している過去の地盤データを見たとしても,住民には分かりづらいという問題があると思います。そのような要請に応えるために、ICAS 離職後は、個人でビジネスを創業し、これまでの経験を生かした社会貢献型のコンサルティング業ができたら面白いなと考えています。

―先生から見て、これまでのICASはどのような成果を残してきたでしょうか。そして今後はどのような役割を果たしていくべきだとお考えでしょうか。
気候変動対応策については、他の追随を許さない大きな成果をあげてきており、国内のみならず、国際的にもこの課題の解決に貢献してきたと思います。今後取り組むべき一つの課題は、候変動の影響と地震の影響が重なるときに何が起きるのかを予測し、それに対してどのように対応すべきかを考え、マスコミに“想定外”などという言葉を使われない研究にも取り組むべきと考えています。

―最後に、学生へ向けてメッセージをお願いします。
孟子の“先義後利” という言葉にあるように、自分の利益を優先するのではなく、まずは社会に対して自分がどのように貢献できるかということを考えれば、自ずと利益が生じてくる、まさにそこに、ビジネスや対人関係など、全ての基本があると思っています。それに合わせて大切なことは、物事にチャレンジする際、自分の考え方がマイナーなものとなり、自らが孤立や孤独に陥る可能性があったとしても、決してそれを恐れないということです。

そして最後に、“明るく,楽しく,前向きに”生きていって欲しいと強いエールを送ります。人生には,楽しいことが山のようにあります。

安原一哉(名誉教授)

 

 

 

 

(内容は2019年12月時点のものです)