気候変動が農業に与える影響とその対策、米に対する日本内外での関心の違い、外部機関とも連携しながら研究を進めていくその過程について、農学部増冨先生とICAS研究員の今井さんに詳しくお話を伺いました。


 

農学部准教授 増冨 祐司

 

方向転換しながら流れ着いた現在のテーマ

―先生の研究のテーマは、シミュレーションモデルを用いた農業気象学的研究、地球温暖化の影響・適応策の評価とのことですが、どのような経緯で現在の研究に従事されたのでしょうか。

増冨)もともと博士課程2年までは物理学科で数理物理を研究していました。その後、物理で芽を出すのは難しいと感じて、温暖化をテーマにしている研究室に入り直しました。そこでは、温暖化に関するテーマの中でも、水資源について研究しましたが、就職した研究所の同期に、水資源を専門にする日本有数の研究室で学位を取った同僚がいて、同じテーマをやっても仕方がないので、上司の勧めもあって食物をテーマに研究を始めました。というわけで現在の研究テーマは、自分の意志でというより、なんとなくたどり着いたという感じです。

温暖化の影響を受けても、将来の農家の収入が減らないように対策を打ち出す

―現在の研究を始められた経緯や研究目的について教えてください。

増冨)現在市場に出ている米のほとんどは気候条件に合わせて品種改良されてきたものです。昔は北海道や東北を中心に、低温への耐性のある品種を作っていましたが、最近は高温にも耐性のある品種が求められるようになりました。当初は温暖化によって、収穫量が減少するのではないかと懸念されていましたが、実際は、現在までの気温上昇では収穫量はそこまで減少しないことが分かってきました。その代わり、白未熟粒という、米粒が白濁化した低品質米が発生し始め、一般消費者や農協の間では、このような米の品質低下がより大きな問題となってきました。それに合わせて、米の品質低下を防ぐための研究が活発化して来ました。

この流れを受け、農業生産高の高い長野県と茨城県において、温暖化による米への影響を最小限にするために、農業適応策を打ち出していくことを目的にして、本研究が始まりました。具体的には、県の農林水産部や農業試験場からデータを収集し、予測モデルを構築し、将来の影響評価を行ったり、現場の圃場に出て圃場ごとの温度や水位をモニタリングしたり、田植えの時期、水管理の方法、肥料のあげ方など(管理条件)について、生産者から詳しく話を聞いたりしています。

このような調査を通じて、実際の現場においては、ほぼ同じ気温下にも関わらず、なぜか米の品質に大きな差が見られるという現象が起こっていることがわかってきました。このことから、米の品質低下には、田んぼごとの環境条件や管理条件に大きな違いがあり、これが大きく影響しているのではないかと推測することができます。

その上で、例えば田植えの時期をずらす、肥料の量を増やす、など改善のための提案(適応策)につなげて行くことができればと考えています。また、このような圃場レベルでの対策を行っても、米への被害が収まらない場合は、温暖化にも耐性のある品種改良への提案につなげて行くことなどが考えられます。提案そのものにも様々な段階がありますが、最終的にどのような対策を取るかは、費用面などを考えた上で農家が判断します。

一方、国の政策者に対しては、得られたデータを元に、「将来、県の西側からどんどん気温上昇していくので、この地域では、~年後までに、気温が~℃上昇しても耐性のある米を作った方が良い」という提案をして行きます。

実際に県内でも、このような流れで、「ふくまる」という高温耐性品種が開発され、導入している農家もあります。ただ、このような真新しい品種を市場に並べても、消費者は簡単には購入しませんよね。ですので、最終的には、国や県が主体となって、上手に広報しながら、そのようなまだ馴染みのない品種が市場に出やすい仕組みを作る必要があると思います。

まだまだ研究自体、始まったばかりですが、適応策の提案を受けて、何らかの対策をしている農家としていない農家では、長期的に見ると収入に差が出てくると考えています。

そして個人的には、自分の提案した対策を実施している地区が、他の地区よりも影響が少ないことを示し、このような対策が多くの地域に広がっていくことになれば面白いですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現地で実際に起きている問題をふまえて、対策を打ち出す

実際に被害を受けないと人々は対策へ乗り出せないという現実

―環境省事業適応イニシアティブにおいて、インドネシアやベトナムにおいても、研究を行われていると思いますが、日本とアジア諸国とでは、どのような点に違いが見られますか。

増冨)日本では、温暖化による米の品質低下が問題となり、高温への耐性のある品種を生み出すための研究が求められている一方、アジア諸国においては、米の品質低下よりも、収穫量の減少のほうが大きな問題であり、近年、何らかの対策を取ろうといくつかの国が動き出しています。そこで環境省事業適応イニシアティブでは、将来にわたる農業への影響被害の計算を行い適応計画作りの支援を行なっています。ただ現地の行政官や研究者に結果を示すと、「最近、洪水や土砂崩れの被害があったので、そのような自然災害を計算に反映するようにして欲しい」などと、新たな要望を受けることが度々あります。このように、現地には、その時点での人々のニーズがあり、それをふまえた結果を出すことが求められます。

確かに温暖化による被害も長期的には、見逃せないものなのですが、現地の人にとっては、“今、実際に起きている問題”の方に関心があり、長期的な問題に対して対策の必要性を実感してもらうことは難しいと感じています。

今後の農業界について

増冨)最近は、日本人の食生活において、米離れが指摘されていますが、時代の流れを見ると、仕方のないことかなと思います。

また、今後、農家の担い手不足の問題が懸念されていますが、農家数が減る分、規模拡大がうまくできれば一農家当りの収入自体は増える可能性があります。あくまで収入面のみを考えた場合ですが、その意味では、悪いことだけではないかなと思います。

学生へ向けて

―現在、茨城大学で学んでおり、気候変動や環境に興味を持っている学生へ向けてアドバイスをお願いします。

増冨)自らの経験上、将来を歩んでいく上で、色々と方向転換をすることは、決して無駄な事ではないと思います。そのように色々な経験をした人は、一定の多様性を一人の人間の中に持っていると言えるのではないでしょうか。そして、これからの時代、そのような人材が求められていると思います。たくさん方向転換しながら、その人にしかない多様性を持った唯一無二の存在になって欲しいと思います。

 

 

 

 

 

ベトナムの*ノンラーと共に

(*日よけや雨よけに使われる帽子)


ICAS 学術振興研究員 今井葉子

つくば市営農センターにおいて現場の声を収集する

ー生産者の方々は、作業をする上で、以前と比べて何らかの変化を感じられているのでしょうか。また、現場では、どのような目的で、調査を行っているのでしょうか。

今井)私はつくば市で有機特栽米を栽培する生産者の皆さんにご協力いただき圃場の環境測定と栽培管理調査を行っています。生産者の方々は、以前と比較して夏の高温をより強く感じられているようです。最近はゲリラ豪雨が増えたとも話してくれました。

生産者の方々は、水稲の栽培管理方法に関して、どうすればより高品質で収量のよいお米を作れるのか、様々な知見と経験をお持ちです。このため、私たちは、毎年行っている栽培手法や圃場管理の工夫について、はじめに詳しく教えてもらいます。しかし、そのような知見をもってしても、年によっては、米の品質低下や収量不足を招いてしまう可能性があるため、その原因を探ることを、調査の主な目的としています。当該地域での私たちの調査は3年目を迎え、これまでに様々な検討を重ねてきました。既存の知見から、稲の登熟期(種子が成長する時期)に気温が高いほど、白未熟粒(白く濁ったお米)の発生率が上昇していることが報告されていますが、対象の地域では、同じ気温条件下なのにもかかわらず、その白未熟粒の発生率にばらつきが生じていることが分かってきました。その原因はまだはっきりと分かっていません。

そこで、白未熟粒発生率には、外気温だけでなく、地温や水深も影響しているのではないかと推測し、複数の環境要因について長期的な観測を行っています。

具体的な流れは、まず初めにつくば市にあるJAと圃場を管理している生産者の方々からの許可と協力を得て、調査対象となる圃場を選定します。そして、各圃場に対し、生産者の方々が、それぞれどのように米を栽培されているのか、詳しくお話を伺います。主な内容として、田植えのタイミングや施肥の状況、水管理の方法などを詳細にお聞きします。そのうえで、高温となる夏季(7月下旬~8月下旬)の間、同じ気象条件下にある地域の複数の圃場に観測機器を設置し、圃場の土の中の温度(地温)、用水の深さ(水位)などを測ります。こうして、複数の圃場の環境観測および管理状況調査から得られたデータを比較することで、地温と白未熟粒発生率との関連を見ています。

そして、地温などの環境条件に差が見られた場合は、水の管理方法や田植え時期など、栽培管理の方法に違いが見られるのではないかという推測につなげていきます。このように、米の品質低下をもたらす可能性のある要因を一つ一つ探っていきます。

今この瞬間にしか存在し得ないデータをとりに行く

―本研究の特徴は、どのようなところでしょうか。

今井)各県などの農業試験場等では、水位や土壌成分などの稲の生育環境条件を一定にして、生育や品質の比較・検討を実験的に行うことができ、これまでに稲の生育条件と品質に関する多くの試験が行われてきました。一方、実際に生産者の方々が個々に管理している圃場の環境を長期で観測することはとても困難なことです。試験場等で明らかにされている基礎情報をもとに、この研究からは、圃場の実態に合った、より複雑な環境に関する貴重なデータを集めることができると考えております。それらの情報を生産者の方々に、適応策を考える情報としてフィードバックできること、また、皆さんの反応を直に研究に反映していけることに本研究の特徴があると感じています。

環境観測を行っている圃場の様子